石寅について

当店のホームページをご覧いただきまして、誠にありがとうございます。株式会社石寅、4代目の佐藤嘉則です。

弊社は創業より100年以上、京都の皆さまにご愛顧いただき、お墓・石材の仕事に携わって参りました。社員一同、真心を込めて、責任を持ってお墓づくりに取り組んでおります。「お墓を建てたい」という方はもちろん「今あるお墓を修理したい」といったお悩みにも、細やかにご対応いたします。いつでもお気軽にお声掛けください。

会社概要

会社名株式会社石寅
所在地【嵯峨本店】
〒616-8376 京都市右京区嵯峨天竜寺瀬戸川町1-10

【新丸太町店】
〒616-8305 京都市京都市右京区嵯峨広沢御所ノ内町33-2

【京丹波店】
〒622-0213 京都市京都府船井郡京丹波町須知天神18-1

【丹波営業所 (工場)】
〒622-0211 京都府船井郡京丹波町上野中野31-1
TEL075-881-1481
8:00~18:00受付(定休日なし)
創業明治42年(1909)4月
代表者佐藤 嘉則
事業内容石工事・土木工事業・造園工事業(京都府知事許可)
加盟団体京都商工会議所
京都府石材業協同組合

京都府石材業協同組合 正組合員之証

平成21年度「京の老舗表彰事業」により、「京の老舗」表彰を受けました


これも一重に皆様のおかげと存じます。これからも「京の老舗」の名に恥じないよう、弊社一同益々精進していく所存ですので、皆様方のご指導ご鞭撻を賜りますよう宜しくお願い申し上げます。

 

故・川端康成氏と石寅

「石寅の石でなければ揮毫しない」
故・川端康成氏との縁は、匠の技へのこだわりから。


文学碑をはじめとする記念石碑は、その石の選択はもちろんのこと、何よりも作者の累積をいかに正確に再現するかが大切です。
石寅では、高名な諸先生方の作品を多く手掛けてまいりましたが、中でも故・川端康成氏とのご縁はたいへん深いものがあります。氏の揮毫による「京都・北山杉記念碑」では、ご自身から指名されるという名誉をいただきました。また、「井原西鶴辞世碑」の建立でも、川端康成氏の大きな力をいただきました。氏の生前に碑の揮毫をお願いしていたところ、突然の他界。しかし、以前「辞世碑の書として最もふさわしい」とおっしゃっていた西鶴の弟子・北条団水の書を採用して、井原西鶴三百年にあたる平成5年、大阪谷町四丁目に無事完成しました。
「石寅の石でなければ揮毫しない」―という氏の言葉は、石寅にとって大きな支え。石匠としての誇りとその責任の重さを実感する言葉です。

 

ご対応エリア

京都一円にてお墓や石材のお仕事をさせていただいております。
京都以外の近隣にお住まいのお客様も、お住まいの地域が対応可能であるか、一度お気軽にお問い合わせください。

 

石寅 各店舗と工場のご案内

嵯峨本店

石寅本店は京都市右京区嵯峨天竜寺瀬戸川町にございます。JR山陽本線「嵯峨嵐山駅」より徒歩約3分ほどでお越しいただけます。

布袋様と狛犬がお出迎えします。

展示場には、伝統的な和型のお墓から、シンプルな洋型のお墓、
五輪塔やお地蔵様など、多数展示をしております。屋内展示場ですので、お天気に左右されず、ゆっくりとご覧いただけます。

塔婆立、蝋燭立、線香立などのお墓の付属品の展示もございます。

店内の応接スペースにも、ミニチュアのお墓や石のサンプルを展示しております。お客様のお話をしっかりとお伺いさせていただき、ご要望に沿った理想のお墓になりますよう、お手伝いをさせていただきます。

〒616-8376 京都市右京区嵯峨天竜寺瀬戸川町1-10

アクセス

JR山陽本線「嵯峨嵐山駅」より徒歩約3分

新丸太町店

〒616-8305 京都市京都市右京区嵯峨広沢御所ノ内町33-2

アクセス

JR山陽本線「嵯峨嵐山駅」より徒歩約10分
京福嵐山本線「鹿王院駅」より徒歩約10分

京丹波店

〒622-0213 京都市京都府船井郡京丹波町須知天神18-1

アクセス

京都縦貫自動車道「丹波インターチェンジ」よりお車で約2分

丹波営業所 (工場)

自社工場がございますので、加工や修理もスピーディーにご対応可能です。職人がひとつひとつの工程を、丁寧に仕上げていきます。

〒622-0211 京都府船井郡京丹波町上野中野31-1

アクセス

京都縦貫自動車道「丹波インターチェンジ」よりお車で約4分

 

先祖供養の話

先祖供養と言うと、昔からの因習で時代錯誤のようなイメージを持たれるかもしれません。しかし、今の私たちが在るのは先祖があって初めて成り立つ事なのは言うまでもない事です。だからこそ、人はお墓や仏壇の前で手を合わせ、先祖を敬い、懐かしんで、今は亡き人々への手向けの祈りを捧げるのでしょう。そもそも、信仰する宗教や、人それぞれの考え方によって、先祖の霊と言うものに対する立場は様々でしょう、けれども、お墓や仏壇に参った時に心の安息を感じるのは多くの人に共通するのではないでしょうか。

先祖供養と言っても何も難しく考えることはありません。辛い時、悲しい時、そして何か心に不安を感じた時、そういった時、お墓に参ったり、仏壇に手を合わす、そして父母や祖父母、さらに昔の先祖の霊に祈れば、親が子供を慈しむように先祖の霊は必ず救いの手を差し伸べてくれることでしょう。 そのように、墓参や、仏壇に手を合わせることで先祖の霊には供養となり、私たちには心の安息が得られるのです。

父母や祖父母が先祖となり、私たちを見守ってくれるように、やがて私たちも先祖となり、子や孫を見守っていく、そのように生者と死者の間で人の営みは永遠に繰り返されて行くのです。先祖供養、それは、故人の霊のためでもあると同時に生者のためでもあるのです。そのように、先祖の霊に手を合わせることで、心の平安が得られるのであれば、宗教、思想・信条の違い、そして時代を超えて、先祖供養は人々の心の支えとなるのではないでしょうか?

今の私たちが在るのは先祖があって初めて成り立つ事なのは言うまでもない事です。つまり先祖は、今の家族とこれからの子孫の「根」であると言う事です。種が落ち、芽を吹き、やがて若木は大樹に育ち、花を咲かせ実を実らせる。その実からまた新しい樹が育って行く。これはすなわち、遠い先祖が実から育ち、現在の家族、大樹になり、その子孫が新しい実となって分家し、新たなる根を持つ。と言う事です。

その「家の根」を祀っているのがお墓なのです。

根が傷んだ大樹が朽ちて倒れるように、先祖を蔑ないがしろにして家族が安泰であるはずが有りません。これは、迷信や宗教的意味の話ではありません。先祖を大切にしない家庭で育った子供達は親を大切にしないでしょう。その悪循環が家庭を崩壊させていく一因となる事でしょう。その先に子孫の繁栄はあり得ません。

春と秋のお彼岸、お盆のお迎え火、ご先祖の命日、等折々に家族でお墓参りをし、先祖を敬う気持ちを自然に養ってあれば、子供たちは親や先祖を敬う事でしょう。親が子を傷つけたり、子が親を傷つけるような昨今の世相は、根の傷んだ家族が多くなった事の現れではないでしょうか。

「墓は家の根」これは各家々の家族が、宗教、思想・信条の違いに関係なく、先祖供養の象徴としての「お墓」、そしてそれを家族全員で大事にしていく事が、家族の繁栄に繋つながることを表す言葉ではないでしょうか。

 

ごあいさつ

最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。お墓のこと、石材のことでご要望やお悩みがございましたら、お気軽にご相談くださいませ。皆さまのお役に立てますよう、誠心誠意、ご対応をさせていただきます。よろしくお願いいたします。

京都一円、細やかな事も気持ちよくご対応します